ET-KING (イーティー・キング)直筆サイン入り色紙 (UNIVERSAL MUSIC公式色紙) いときんが、肺腺癌から復帰!!SPEEDの上原多香子でTENNさん自殺などでも話題。(便利どっとリンク用の、直筆サイン保管箱その2に保管。)

ET-KING (イーティー・キング)直筆サイン入り色紙 (UNIVERSAL MUSIC公式色紙)

やぁ。 直筆サインコレクターのスネ夫です。

たくさんの有名人の方のサインを集めていると、自分が お会いした事がある人や、サインを持ってる人のニュースを見ると不思議な気分になります。

特に嫌なニュースの時は、複雑。

ET-KING (イーティー・キング)のメンバー、TENN (てん)さんの自殺の原因は?

TENN

最近は、ET-KING (イーティー・キング)と言えば、元SPEED (スピード)のメンバー、上原多香子 (うえはらたかこ)さんの旦那、TENN (てん)さんが、所属していた、グループとして、ET-KINGの名前が挙がったりしてたよね。

それは、TENN (てん)さんが不可解な自殺による死を遂げた事が原因だったんだ。

TENN (てん)さんが亡くなった2014年当時は、マスコミ報道によると、夫婦間の所得格差による、格差婚で、TENN (てん)さんが上原多香子に劣等感を持っていせいではないか?って感じだったよね。

僕は当時から、そんな事で死ぬか?と 思ってたから、マスコミの報道なんか信じてなかったけどね。

2014年当時、奥さんである、元SPEED(スピード)の、上原多香子 (うえはらたかこ)さん自身も、TENNさんの自殺の原因について、「全く心当たりがない」としていたんだ。

上原多香子の夫が自殺。TENNの抱えていた収入激減の劣等感

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「亡くなった夫の通夜で喪主を務めたのですが、憔悴しきっており無言で立っているのがやっとでした」(スポーツ紙記者)

9月25日の早朝、大阪にある自宅マンションに止めた車で、首をつって死亡していたET-KINGのボーカルTENNさん。第一発見者は妻で、SPEEDの上原多香子だった。

「紙3枚の遺書が残されており、上原さんに対しては“今後の活動も頑張ってほしい”といった内容のメッセージが残されていたようです。上原さんは自殺した理由について心当たりはまったくないようです。東京からSPEEDの今井絵理子や島袋寛子らが駆けつけて彼女に付き添っています」(前出・スポーツ紙記者)

上原とTENNさんが入籍したのは2012 年8月。結婚2周年を迎えた日にはブログでツーショットを披露していた。

「TENNさんはフットサルチームに参加していて、試合には上原さんもマネジャーとして参加していたほど夫婦仲はよかったです。」(レコード会社関係者)

2006 年にメジャーデビューしたET-KINGは大阪を中心に活動するヒップホップグループだ。

「そろいのハッピ姿で関西人らしい楽しいパフォーマンスが人気です。ただ、SPEEDと比べると知名度はイマイチ。結婚したときは、“格差婚”と受け止める人もいましたね」(音楽ライター)

ET-KINGは2014年4月に活動を休止。TENNさんは新ユニットの『ヒロウモンズ』を結成してライブ活動を始めていた矢先だった。

「ET-KINGが活動休止して、TENNさんの収入が目に見えて激減。最近は上原さんがバラエティー番組や舞台に出演する機会が増えていて、TENNさんからしたら嫁に働かせている状況になっていたんです。本人はかなり悩んでいましたが、これが自殺の原因だとしたら彼はよっぽど責任感が強かったのでしょう……」(芸能プロ関係者)

引用元:週刊女性PRIME (http://www.jprime.jp/articles/-/4926)

夫、TENNさんに先立たれた、上原多香子 (うえはらたかこ)さんは、当時、悲劇のヒロインだったよね。

と、ところがだよ・・・

2017年、TENNさんの遺書が公開されちゃったもんだから、さぁ大変。

TENNさんが自殺した本当の原因が、上原多香子 (うえはらたかこ)の不倫、そして、TENNさんへの裏切り、嘘が原因である事が、暴露されちゃったんだよ。

まさか、全く心当たりがないと言ってた上原多香子さん自身が原因だったとはね。

上原多香子 不倫LINEで「止められなくなる」「そばにいて」

ヒップホップグループ『ET-KING』のメンバーで、2014年9月25日に自宅マンションに停めた車内で首を吊って自ら命を絶ったTENNさん(本名・森脇隆宏さん、享年35)が、家族やメンバー、そして妻である上原多香子(34才)へ宛てた遺書の存在が明らかになった。

TENNさんの弟・義宏さん(仮名)は1枚の写真を取り出した。写っていたのは、TENNさんから上原へ宛てた遺書だった。几帳面な字体で、感謝の言葉と、先立つことへの謝罪の言葉が並ぶ。義宏さんは「このままずっと話さへんつもりでした」と語ったが、家族の悲しみが癒えることがなく、「これ以上、家族だけでは抱えきれないんです」と心境を述べ、遺書公開に踏み切った。だが、さらに読み進めると、目を疑う内容が綴られていた。

《多香子へ/ありがとう そして さようなら/子供が出来ない体でごめんね/本当に本当にごめんなさい。/幸せだった分だけ、未来が怖いから 何も無さそうだから/許してください。/僕の分まで幸せになってください。/きっと阿部力となら乗りこえられると思います。/次は裏切ったらあかんよ。お酒は少しひかえないとあかんよ。/嘘はついたらあかんよ。(後略)》

上原と俳優・阿部力(35才)が交際していたことが、TENNさんの遺書に書かれていたのだ。この“不倫”が発覚した裏には、2人のLINEのやり取りがあったようだ。2014年10月22日、最初の月命日を前にして、上原と両親はTENNさんの遺骨を分骨。その際、上原は、TENNさんの母・和子さん(仮名)にTENNさんのスマホを渡した。

「月命日当日、両親と多香子さんの3人で兄の好物だったすき焼きを食べに行ったそうです。その翌日、“思い出の写真も入ってるやろう”と、母が兄のスマホを覗いたんです。そこには、多香子さんとある男性とのLINEのやりとりやふたりの写真などが保存されていました。多香子さんのスマホを見てしまった兄が、その画面を撮影したようでした」(義宏さん)

◆すべて捨ててトントンの元へ行きたいです

ある男性とは、TENNさんの遺書に名前のあった阿部力のこと。以下は、LINEでのふたりのやりとりのほんの一部だ。

上原《オトナになっても、こんなに好き好き好きって、なるんだなぁって。ちょっとびっくりしてる。自分に。いろいろ冷静な部分もあるけど、止められなくなるくらい想えるって素敵なことだね。トントン(註釈:阿部力のこと。阿部の中国名『李冬冬(リ・ドンドン)』にちなんだ愛称)に出会えて、本当によかった。》
阿部《俺もおもった。とし関係ないなーって。》

上原《トントンに会いたいよ。旦那さん、大事だけどそれ飛び越えてる。》
阿部《たかちゃん~》
上原《トントン》
上原《会いたいよ》
阿部《とても》
上原《そばにいてね。》

上原《私、、結婚ってとっても大きなことで人生の分岐点だったこともあるー だから、離婚するとか浮気は、もうあり得ないって思ってたのね でもさー、トントンに伝えられなかった好きと、やっぱり大好きと、私の一方的やけど肌を合わせて感じるフィット感が今までとはまったく違うの。》

上原《私はそんなに器用じゃなくて、、旦那さんとの生活を続けながら、トントンを想い続けること、トントンに想いがすべて行ってる中、騙し騙し旦那さんと居ることが、やっぱり出来ないです。(中略)今すぐにでも、すべて捨ててトントンの元へ行きたいです。だけど、私ももう大人、、いろんな問題があるし、私だけの想いでトントンに迷惑はかけられません。今すぐは難しいかもしれないけど、私も少し大人になって、ちょっとずつ、旦那さんと別の道を歩めるようにします。こんな気持ちでは絶対に旦那さんに戻れない。》

それを読んだTENNさんの心境は察して余りある。TENNさんのスマホには、肩を組み熱いキスを交わすふたりの姿や、上原が阿部の両親と4人で笑顔を見せる写真もおさめられていた。この時点で、ふたりの夫婦関係には修復不可能な致命的な亀裂が入ってしまった。

TENNさんのさらなる苦しみがわかるのが、遺書に綴られた《子供が出来ない体でごめんね》という一文だ。

「兄と多香子さんは、結婚してすぐに子供を欲しがってました。兄はたばこも結婚を機にやめたほどでしたから。でも、なかなかいい知らせは届かへんかったんです。最近は不妊治療する人も増え、男性側に問題がある場合も多いと聞いた兄は、病院で検査を受けた。結果、兄の体に問題があって、子供は望めないということがわかったんです」(義宏さん)

その事実が発覚したのは、TENNさんが自殺を遂げる1年以上前のことだ。TENNさんのスマホに残された、上原と阿部のLINEにはこんなことも書かれていた。

阿部《子供欲しい》
上原《2人の子供作ろうね》

上原《私とトントンの子はどんな子かなー。》
上原《早く会いたいね》
阿部《子供ほしいわーーー》
上原《トントンのタイミングで作ろうね》

上原《子供が出来るのはタイミングだよー》
阿部《たーありがとうね。 子供作るのにも、もっといいタイミングがあると思って。もう大人だからさー、 勢いで物事考えたくないんだ。ちゃんと計画して進めて行きたいなーと思って。》
上原《うん そうしよ》

そのやりとりを読んでから1か月たたないうちに、TENNさんは薄暗い駐車場に停めた狭い車内で、たったひとり、この世に別れを告げた。

※女性セブン2017年8月24・31日号

引用元:NEWSポストセブン (http://www.news-postseven.com/archives/20170810_603601.html)

あまりにも酷すぎて、ワイドショーでさえ取り上げられない話題になってしまったね。

そのSPEED (スピード)の、直筆サインを見たい人は、下記のリンクからどうぞ。

SPEED (スピード)メンバー全員の直筆サイン入り色紙 今井絵理子 (いまいえりこ)不倫、上原多香子 (うえはらたかこ)W不倫と何かと今話題の元SPEED

暗い気持ちになってしまったので、明るい話題を一つ。

ET-KINGのリーダー、いときんが、ライブで復活!!!!

ET-KING

今年の8月、自身が、肺腺癌 (はいせんがん)であることを公表し、治療に専念していた、ET-KINGのリーダー、いときんが、本日2017年12月28日、大阪・Zepp Nambaでおこなわれる、『えびす巡業~出稼ぎ篇~』最終公演でステージ復帰するらしい。

もう復帰したのかも。

ET-KINGいときん、肺腺がん公表後初ステージ決定 新作レコーディング全曲参加も

肺腺がんで闘病中のET-KINGのリーダー・いときん(38)が、28日に大阪・Zepp Nambaで開催される全国ツアー『えびす巡業~出稼ぎ篇~』最終公演でステージ復帰することが20日、わかった。グループの公式サイトで発表された。

いときんは8月3日にステージ4の肺腺がんを公表し、ライブ活動を休止して治療に専念。約4ヶ月ぶりのステージ復帰となる。

公式サイトでは「12月28日(木)Zepp Nambaの最終公演にいときんが出演する予定であることをお伝えいたします」と報告。「長期間ステージを離れていたこと、また本人の体力面を考慮し、ツアー最終公演のみの出演となることをご了承願います」と理解を求めた。

また、来年4月25日にニューアルバム『LIFE』のリリースも決定。いときんも全曲のレコーディングに参加したことも明らかになった。

サイトでは「今後も治療を行いながら音楽活動は継続し、一日でも早く全てのライブをメンバー全員で行えるように努めて参ります。ファンのみなさま、関係者のみなさまには大変ご心配、ご迷惑をおかけしておりますが、引き続きよろしくお願い申し上げます」とつづられている。

引用元:ハフィントンポスト (http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/19/et-king-itokin_a_23312568/)

この話題は嬉しいね。

僕の、個人的なET-KINGの思い出だけど、まだET-KINGがメジャー・デビューする前、僕がアルバイトで知り合った友達がラッパーしてて、その友達が、ET-KINGと一緒にライブに出てて、そのライブを僕も観に行った事があったんだよ。

出番前に、ラッパーたちは、大麻 (たいま・違法です。)を吸って、ご機嫌になってから、ライブを演ってたみたいだね。ET-KINGもそうかは知らないけど、僕の友達は、「みんなやってる。」って言ってたよ。

でも、ET-KINGが、たしかラストで、登場した時は、そのとき初めてET-KINGを見たけど、『この人たちカッコいい!!』本当に素直にそう思ったね。

そして、やっぱりリーダーの、イトキンが、一番目立ってて、えびす様みたいで愛嬌があって、なんかいい感じだったよ。

だから、ET-KINGがメジャー・デビューして、『愛しい人へ』で、売れて、有名になったとき、こんなベタな唄も歌うんだ。とか思ったけど、やっぱり 良い唄だし、スゴく嬉しかったよ。

だから、いときんが、癌になったってのは、すごいショックだったよ。

でも本当に復帰して良かった!!

噂では、日本では違法の大麻は、薬として使えば、癌 (がん)にも効くらしいから、ラッパー仲間が、こっそり、大麻で出来た薬なんかを用意して治療してるんじゃないかとか思っちゃったけどね。

ET-KING (イーティー・キング)直筆サイン入り色紙 (UNIVERSAL MUSIC公式色紙)

それでは、僕が持ってるET-KINGのメンバー全員 (TENNさんも在籍していた時代)の直筆サインを紹介するよ。

ET-KING (イーティー・キング)直筆サイン入り色紙 (UNIVERSAL MUSIC公式色紙)

ET-KING (イーティー・キング)直筆サイン入り色紙 (UNIVERSAL MUSIC公式色紙)

便利どっとリンク用の、直筆サイン保管箱その2に保管。

追記 「ET―KING」いときんさん死去 38歳 昨年8月肺線がん公表

辛いニュースが。

 大阪を拠点に活動する人気ヒップホップグループ「ET―KING」のリーダー、いときん(本名・山田祥正=やまだ・よしまさ)さんが31日、大阪府和泉市内の病院で死去した。38歳。兵庫県三田市出身。昨年8月にステージ4の肺腺がんであることを公表し、治療に専念していた。

「ギフト」「愛しい人へ」などのヒット曲を持つ浪速のブルースマンが病の前に力尽きた。関係者によると、1月中旬に夫人に心臓の痛みを訴えて病院に緊急搬送されたという。心臓に水がたまっており心肺停止の状態で、30分間の心臓マッサージで一時持ち直したものの、意識が戻らず家族が看護を続けていた。

いときんさんは昨年6月の定期健診で異常が見つかり、7月に細胞検査を受けたところステージ4の肺腺がんと診断された。本人に自覚症状はなかったが、脳とリンパ節への転移も判明。8月に病気を公表した。抗がん剤治療は受けず、自宅療養などを続けていた。最近は免疫力を上げるため体力づくりにも励んでいたという。

ET―KINGは、これまでになかった関西弁を使ったヒップホップで人気を博した。いときんさんはメインライターの一人でもあり、リーダーとしてグループを引っ張った。入院後も病室に音楽機材を持ち込んで曲を作った。4月25日発売の新アルバム「LIFE」で全曲のレコーディングに参加しており、闘病中も音楽への情熱を燃やし続けた。

豪傑で酒豪、おとこ気にあふれる一方で、繊細で情に厚いことでも知られた。知人は「曲作りに強いこだわりがあった。歌詞の一つ一つに哲学があった。すてきな曲をもっと世に出してほしかった。本当に残念です」と肩を落とした。

昨年12月28日に大阪で行われた全国ツアー最終公演が最後の公の場となった。1500人のファンを前に「力もらえました、生きるで。ありがとう」と感謝を口にしていた。音楽関係者は「あまりにも突然のことでショックだ。ライブに出たのはどうしてもファンに気持ちを伝えたかったのだと思います」と話した。

99年にデビューしたET―KINGは2014年4月に活動を休止。同年9月には、上原多香子(35)の夫だったメンバーTENNさんの自殺という悲しみに見舞われたが、それを乗り越え、15年にメンバー6人で活動を再開していた。

◆いときん(本名山田祥正=やまだ・よしまさ)1979年(昭54)3月3日生まれ。兵庫県三田市出身。旧芸名はイトキン。高校卒業後、97年に大阪の福祉専門学校に進学。99年に大阪でTENNさん、KLUTCHとET―KINGを結成。その後にBUCCI、センコウ、DJBOOBY、コシバKENが加入した。2007年の「愛しい人へ」はデジタル配信で100万ダウンロードを突破するなど大ヒットとなった。

引用元:LivedoorNEWS (http://news.livedoor.com/article/detail/14238201/)

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